4毒抜きはガチじゃなくてもいい|完璧をやめても身体は確実に良くなってます

20260209_eye catch 4毒抜きは完璧じゃなくても、身体は良くなっている

4毒抜きは“ガチでやらないと意味がない”と思っていた

坐骨神経痛が辛すぎて

これはほぼガチでやらないと治らない


こう思い込んで始めた4毒抜き。

植物油、砂糖、小麦粉、乳製品。
一切入れない。徹底的にやる。

それくらい追い詰められていました。

最初は順調でした。
体が軽くなった気がして、これだと思ったんです。

好転反応と、8月の失敗

そして、やっぱり来たのが好転反応。

座骨神経痛悪化と
胸からふともも上部辺りまで痒みが広がり
痒くて痒くて、夜が眠れませんでした。
本当に苦しくて、正直、発狂しました。

これを乗り越えれば楽になる


そう言い聞かせて耐えました。

やっと好転反応が落ち着いた頃――

8月に一度、4毒抜きを失敗しました。


ジンギスカン定食に釣られたのです。

好転反応を乗り越えたのに、何をやっているんだろう。
わたしは思い切り自分を責めました。

ゼロには戻らなかった身体

若干、不調にはなりました。
でも、あのときのような激しい反応は来なかった。

そこで気づきました。

あれ?
4毒抜き前の身体に戻ってない!!

身体は、ちゃんと覚えていた。
積み重ねたモノは消えていなかったのです。

完璧を求めて固まっていたわたし

わたしは分かっています。
完全になんて、できっこないと。

外食もある。誘惑もある。
完璧なんて無理。

なのに理想では、常に完璧を求めている。

きっちりやりたい。
乱れたくない。

でも実際のわたしは、O型ぬっこ以上A型ぬっこ未満。

血液型あるあるAI猫のことやでえ

それでいいはずなのに
少しでもできないと、すべてが台無しになる感覚。

ちゃんとやらなきゃダメだという声。

その癖が染みついて
気づけば身体がガチガチに固まっていたのかもしれません。

坐骨神経痛も。
歯の食いしばりも。

力を抜けない生き方の結果だったのかもしれない。

ラーメンはやめる。でもガチではやらない

ラーメンはもう食べに行かない。
ケーキも買いに行かない。
ソフトクリームも食べない。

それは我慢ではありません。
身体がどうなるか、知ったからです。

でも、ガチではやらない。

ザンギが食べたければ、米粉で揚げればいい。
麺が食べたければ、ヌードルメーカーで古代小麦を打てばいい。

4毒抜きに必須アイテムヌードルメーカー
食べない、じゃなくて。作るを選ぶ。

ラードも、古代小麦も、米粉も。
少なくとも、わたしの身体は大丈夫。

4毒抜き理論ではダメと言われることもあるでしょう。
でも、わたしは自分の身体の反応を見て決めています。

最小限で済ませるという考え方

もし仮に4毒を摂取する日があったとしても
ゼロか百かで考えない

最小限で済ませる。

それだけ。

完璧を守り抜くことより
摂取量を減らすこと。

そのやり方のほうが
わたしにはやりやすいので、継続できそうです。

4毒抜きは、自分で選び直す練習だった

4毒抜きは、ただの食事法ではありませんでした。

食べるか、食べないか。
流されるか、選ぶか。

その小さな選択を繰り返すたびに

わたし自身が選んでいる

という感覚が戻ってくる。

そしてそれは、わたしだけではありません。
夫も、少しずつ穏やかになってきました。

食事が整うと、土台が安定する。
土台が安定すると、メンタルも安定する。

わたしの4毒抜きの答えは

完全な理想を求めることではなかった。

完璧にやり続けることでもなかった。

自分で選ぶことができること

完璧じゃない自分を責めるのではなく
その都度、選び直す。

力を抜きながら、続ける。

4毒抜きは、 わたしにとって
完璧を目指さず、自分軸を取り戻す練習だったのです。

最後に・・・

ガチじゃなくても
身体は確実に良くなってます。

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