わたしの人生は、いつから狂い始めたのか
わたしの人生は
いつから狂い始めて
そのきっかけは何だったのか。
そんなことが、ふと湧いて
やっと原因が分かり、言語化できた。
家族を助けようと決めたところから、ズレ始めた
わたしの家庭環境については
いずれきちんと書こうと思っている。
ここでは詳しく触れられないけれど
わたしの育った家庭は
親が親の役割を果たせているとは言いがたい環境だった。
今思うと
自分が家族を助けようと決めたところから
人生は少しずつおかしくなった。
自分のことすらままならない状態で
家族を助けようとすること自体が
今思えば間違っていたと思う。
そして
家族を見捨てられなかったのも
結果的には間違いだった。
ただ、それを選んだのは自分だ。
誰かに強制されたわけじゃない。
「ちゃんとしている自分」でいたかった
当時のわたしは
家族も助けているし
仕事もして
遊びもできている。
そういう自分でいたかった。
逃げていない。
潰れてもいない。
ちゃんとしている人間。
そう見られたかった。
その実態が追いついていないのに
理想の自分を先に生きようとした。
借金は原因ではなく、結果だった
足りない分は
体力でも実力でもなく
借金で埋めた。
今振り返ると
借金は原因ではなく、結果だったと思う。
家族を助ける側に回ろうとした瞬間から
人生の軸がブレた。
借金は、そのブレが目に見える形で出ただけだった。
親の役目を背負うつもりはなかった
他人と比較すること自体は、悪いことじゃない。
でも、それをやりすぎて
わたしは自分を見失った。
少なくとも高校生までは
親の役目を背負う気なんて一切なかった。
自分の人生は自分のものだと思っていたし
親の尻拭いをするつもりもなかった。
それなのに
親はわたしに親の尻拭いをさせようとした。
自分たちが果たすべき役目を
わたしに押し付けようとしてきた。
「もっと親を助けろ」と言われ続けて
必死だったと思う。
この言葉から、逃げるために。
向き合わないために。
そうやって巻き込まれるうちに
いつの間にか
自分が何とかしなきゃいけない側に
立ってしまった。
親を助けろと言ってきた周囲のせいで
自分が何とかしなきゃいけない側に立たされてしまった
こう思い込んでいたが
結局は、それを選んだのは、まぎれもなく自分自身だった。
高校を卒業してからだったと思う。

もっと親を助けろ!
そんな言葉を、周りから何度も言われるようになった。
お金で助けるしかない、と思い込んだ
家族は助けたい。
でも、役目を間違えてはいけない。
そう考えていただけなのに
その考えは、周囲からことごとく否定された。
正直、嫌になった。
あまりにも周りから繰り返し言われるうちに

お金で助けるしかない!
とうとう
こんな風に思い込むようになった。
周りの反応なんて、放っておけばよかった
わたしが
「親を助けたい!」と
素直な気持ちになるべきだ
そう思えなかったことが
周りをイラつかせたのかもしれない。
でも今思うと
周りの反応なんて
放っておけばよかった。
お金を出せば、可愛がってもらえると思っていた
正直に言えば
親にお金を出してあげたら
可愛がってもらえるんじゃないかと
思っていたところもあった。
やりたくなかった。
でも、やるべきだと思い込んで、
やろうとした。
それがいけなかったと分かるまでに
随分の時間を要した。
そこから、人生はおかしくなった
それでも

親をお金で助けられたら何とかなるかもしれない
そう考えるようになってしまった。
そこから
わたしの人生はおかしくなった。
すべての判断が
自分軸ではなく、他人軸になった。
そのせいで
考えは常にブレ続け
人の目ばかりを気にするようになった。
そのストレスで
人間関係はさらに悪化し
職場を転々とするようになった。
仕事が安定しないから
借金もなかなか返せない。
お金を出してあげられなくなると
今度は家族からも弾かれた。
すべてが、空回りしていた。
役割を間違えたままでは、結果は出ない
最近まで

自分が稼げたら、何とかできたんじゃないか
そう思っていた。
でも今は、はっきり分かる。
それは
わたしのやることじゃなかった。
稼ぐことも
力仕事も
誰かを立て直すことも。
役割を間違えたまま頑張っても
結果は出ない。
むしろ、壊れる。
今は、生活を立て直している
だから今は
やることを極端に減らした。
🏠家を散らかさない
🍛ご飯は何でもいいから作る
☠4毒抜きを続ける
💪身体を整える
それだけ。
自分がやりたくないことは、しない
派手さはない。
カッコよくもない。
でも今は
自分がやりたくないことは
しないようにしている。
それで十分だと思っている。

最後に・・・
もしこの記事が
やりたくないことを無理に抱えている誰かの
立ち止まるきっかけになったら嬉しい。



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